それまでの間、ジャズは、退屈極まりない音楽でした。延々と繰り広げられる即興はどれも皆同じ永遠のトートロジーでした。この1点において、ジャズは爺の聴く音楽であって演歌のお友達だと認識していました。
ところが、1980年の夏、ふとしたことがきっかけで、ジャズでも聞いてみようかと、遂にスイング・ジャーナル誌を購入しました。冒頭に、折込のenjaの広告が掲載されていて、ベニー・ウォレスの3作目The free willなどが出ていました。その広告で、一際目を引いたのがこのThe fourteen bar bluesのジャケットでした。当時、スイング・ジャーナル誌推薦ゴールド・ディスクなどといったお決まりの入門編すら知りませんでしたから、兎に角、盲滅法、The fourteen bar bluesをジャケ買いしました。
ベニー・ウォレスのテナーは、今にして思えば、ジミー・ペイジがお気に入りだったギター・キッズには、相当に厳しい音でした。しかし、彼のテナーが尋常ではないことは、手に取るように解りました。彼のテナーは、それまでのジャズのイメージを、あっという間に払拭してくれました。ジャズの持つ攻撃性と先鋭性に加え厳格さと包容力も見せつけてくれたのでした。
一般に、ベニー・ウォレスのテナーは、難解であり入門者に薦められることはまずないのではないかと思います。普通はロリンズのサキコロとかレッド・ガーランドのグルービーとかでしょう。
一期一会の即興の中で煌くきわめて美しいメロディー・ラインや軽快なスイングのリズムだけではないという点を出会い頭に叩きつけられて音楽を見直すということもあるのですね。
こうしたショック療法が功を奏したか否かは定かではないのですが、以降、数年、我が国の暗黒ジャズ文化の巣窟であるジャズ喫茶なるものに通ってしまう契機となってしまいました。おかげさまで、いろいろと、その筋のアルバムをお勉強することができましたが、反面、ジャズってそんな根暗な聴き方をする音楽ではないんですよね。・・・ちなみにそうした悪習は、81年のライヴ・アンダー・ザ・スカイへの参戦と、その直後にフィル・ウッズが来日した際に某クラブで5mの距離で演奏を聴けたことで断つことができました。
さて、本作、The fourteen bar bluesです。吹き込みは1978年1月23日ニューヨークのビッグ・アップル・スタジオ。国内盤の初リリースは1979年6月だそうですが、手元にあるのは1980年盤のLPです。現時点でCDは容易に入手可能な模様ですね。
サックスのトリオという編成もなかなか面白いのではないかと思います。ウォレスとゴメスの強力な布陣に対してエディー・ムーアのドラムスは若干弱めかという印象ながら、放っておくと、どこまで突き進むか分らない演奏を巧みに繋ぎとめ纏めているといった感じがします。
アルバムの構成は、非常に美しいナンバーに挟みこまれた魑魅魍魎といったところでしょうか(笑)。冒頭のチェルシー・ブリッジ。これは、トミー・フラナガン(p)のオーヴァー・シーズにおける軽快な演奏とまるで違い、低域を強調した力強いものです。もともとエリントン楽団のサックス曲です。
続くトリンクル・ティンクルはセロニアス・モンクの作品。ベニー・ウォレスは、後にBennie Wallace plays Monkを発表したようにセロニアス・モンクに多大な影響を受けたようです。彼のテナーのぎくしゃくした聴感(これが面白さに他ならないのですが)はこれによるところが大きいのだとか。以下、ウォレスのオリジナルが続きます。
ヴィシシチューズは、テナーの不安定な白玉フレーズに対して良く動くベースの対比が面白い曲。ブロードサイドはフリー・フォームの演奏から次第にテーマが構築されて行く凝った構成の曲(ちなみに、私は、一番のお気に入りです(^^)。演奏はLive at the Public Theaterの名演と比較するとかなりテンションが落ちますが、主要な部分をコンパクトに纏めた感じでしょうか。シングル・エディションだと思って聴くといいかもしれないですね。
タイトル曲フォーティーン・バー・ブルースは前衛性を感じさせる曲。ベースとテナーのデュオです。プログレ的に言えば、ベルギーのユニベル・ゼロに通ずるところのある音に対する厳しさを湛える演奏ですね。こういう曲を聴くと、ベニー・ウォレスのバックグラウンドの広さに感心させられます。ってプログレとは関係ないんですけどね。
LPであればサイドBの1曲目に当たるグリーン・アンド・イエロー。これはユーモアたっぷりのテーマをバリエーションを変えながら演奏する面白い曲です。ソニー・ロリンズのサキソフォン・コロッサス冒頭のセント・トーマスのようなリズム(カリプソ風とでも言うのか)に乗って展開されますが、それよりずーーーーと雄弁。この曲の拡大解釈版は、アルバムBig Jim Tangoで聞くことができます。
続くヤードン・ニュークは、佐藤秀樹氏の解説によれば、「チャーリー・パーカーの”バード”とソニー・ロリンズの”ニューク”という2つのニックネームを繋げたもの。」とのこと。ベースとテナーのユニゾンで急速調のテーマが提示された後ドラムス・ソロ、テーマの再現、ベース・ソロと進行して行きます。
終曲フラミンゴは、ベース・ソロに始まる美しい曲です。ウォレスの初期の全ての演奏の中でも、その美しさは傑出しています。曲の最後に出てくる無伴奏のサックスのソロ・パートに見られるアドリブは、ベニー・ウォレスのテナーの指向、嗜好、手法を凝縮したものと言ってよいと思いいます。パブリック・シアターのイン・ア・センチメンタル・ムードにも同様のソロ・パートがありますが、フラミンゴの方はより簡潔に纏められています。このアルバム全体を覆う気難しさを最後にすーっと浄化してくれる安心感のある曲です(^^
このアルバムを聴いたことが無いということでしたら、ジャズ好きな方であっても、プログレな方であっても、是非聴いてみることをお薦めします。このアルバムは、既成の音楽感をぶち壊してくれるのではないかと思います。